病気になっておもうこと
今日は「病気になっておもうこと」というタイトルで書いていきます。
私は29歳で統合失調症になりました。
身の回りにある情報から妄想がとまらなくなり、家を飛び出したこともあります。
完全におかしくなってしまっていたんです。
そんなときに医療保護入院をすることになり、1か月の療養を経て症状は落ち着きました。この1か月がほんとに長かったです。そして、いまも自宅で療養していますが、その期間もまた非常に長いんです。
そんなこんなでブログを始めることにしたのですが、あらためて病気になっておもうことをまとめていきます。
仕事の大切さ
病気になっておもうのは、仕事の大切さです。
仕事をしていたときは仕事をするのがいやでいやで仕方なかった私ですが、実際に仕事をしない期間を経ると、仕事をしている時間って大切だったんだとおもうようになりました。趣味のことをしていても、何をしていてもとにかく1日がすごく長く感じるんです。仕事をしていたときは仕事の悩みや人間関係のことを考えている時間が長かったので、1日があっという間でした。しかし、病気になって療養をはじめてからは仕事の悩みがないため、何も考えることがないんです。そうなると本当に暇で暇で仕方がないです。仕事をしていたときって逆に楽だったんだ、と思うようになりました。忙しいより暇なほうがつらいです。忙しすぎるのも問題だし、暇すぎるのも問題なんですね。ほどほどが一番です。
家族の大切さ
次に思ったのは家族の大切さです。病気になる前は一人でも生きていけるような気がしていました。しかし、いざ病気になると、誰かの支えなしでは生きていけないことに気が付きます。助けをもとめたときに手を差し伸べてくれる家族の存在は本当にありがたいと思いました。療養生活でも家族にはお世話になりっぱなしで、一人では生きていけないことにあらためて気がつきました。
暇のつらさ
上でも書きましたが、なにより暇であることがこんなにつらいとは思いませんでした。定年退職をしたあとの生活がこんな感じなのか、とか、仕事をしているほうが楽だ、などとはゆめゆめ思いませんでした。やることがないのがこんなに苦しいなんて、想像もできません。仕事があることのありがたみを感じますし、仕事をもっと大切にしようという気にもなりました。1日中時計を見て過ごしていますが、「まだ10分しかたっていないのか」的なことを思う回数が半端じゃありません。療養生活って暇との戦いなんですね。
健康の大切さ
こうなってみると、健康ってほんとに大事なことなんだと思うようになります。家族の世話になるのも、時計ばかりみて1日を過ごすのも、暇と戦いつづけるのも、健康を損ねてしまったからこそ起きたことです。健康に過ごすことができていれば、普通通りに仕事にもいけているし、家族に迷惑をかけることもなかったのです。暇との戦いももちろんありません。そう考えると健康がなによりも大事だということが自然に、はっきりと自分の中に浮かび上がってきます。
時間の長さ
とにかく長い!ということにつきます。仕事をしているときはこんなに一日が長かったことはなかったですが、療養生活を始めてから、とにかく1日が長いんです。なにをするでもなく自然に過ごしていればいいのですが、その1日1日、1分1分が長くて長くて耐えられなくなります。当たり前のように過ごしているほかの人たちはどうやってやり過ごしているんだろうと不思議に思えてしかたありません。時間の感覚が自分だけほかのひとと違うのか、または考え方に癖があったりするんでしょうか。
と、いってるうちにある程度の文字数になってきたのでこのあたりで今日は終わりにしようと思います。
ではここで終わりの一句!
つれづれな 徘徊やめたい デイケア棟
以上ありがとうございました。